此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。
ACの認識
ACの認識
メンタルクリニックへカウンセリングに通っているある方のブログに、
ACに関するある著書による診断テキストとその方の回答が記されていた。
結果、その方と私自身の回答が9割強一致していた。
あえて違う所と言ったら、その方の母親は病的に過干渉だが、
私の母は感情がいたって希薄で冷淡で人に関わらない、と言ったところだろうか。
私が物事の相談や判断を仰いでも「お父さんに聞きなさい」が常だった。
彼女は『傲慢な夫には逆らわない堅実』を知ってか、自分の意見を言った事がない。
仕方なく父に振ったところで、結局私の殆どの主張は受け容れられることはなく、
逆説的な父の意見に強制的に従わされ、要求や要望は却下された。
私とその方はテキストの回答はほぼ一緒なのに、育った環境は似て非なるものなのだ。
その方(Hさんとする)は、テキストにその環境の事例として、病気の時の事を挙げていた。
Hさんは、病気の時、ヒステリックなほど過干渉な母親に、
四六時中ののしられ非難されわめかれ、干渉されるのだという。
日常がそうらしいのだが、「病気の時くらい放って置いて欲しい」と、
母親の病的束縛に縛られた苦しみを嘆いていた。
私はと言うと、熱を出して寝込んでも、母を含め農作業に負われる家人達には放っておかれ、
田舎の人気のない大きな屋敷の中にポツンと寝かされていた。
いつも放っておかれた気がするが(放任とは違う)構って欲しい時も構って貰えなかった。
いつのまにか仕切られた空間に人と関わらずに一人でいることが、当たり前になった。
孤独慣れだ。慣れてしまって、そちらの方が居心地が良くなった。
病気の時と被るが、アトピー或いは喘息の対応でも、Hさんと私は真逆の対応を受けている。
不可思議な親に翻弄されて…。
「褒められる」と言うことについては、人事と思えないほどよく似ている。
頑張って良い結果を出せば出すほど否定され、逆に茶化されたり非難されたり、
更に高みを要求され、何よりも「褒められた事がない」と言う状況は同じだ。
ACの(疑いのある)人は、幼少期などにアトピーや喘息を患っている人が多く、
物事に飽きっぽいこと、常に『~しなければならない。~であるべきだ。』という、
義務的な観念を抱いていることも特徴だそうだ。
これを知った時に「ACの自分」を認識した。
それと、こうしてこの類の色々な方のブログを読むにつれ気付いた事がある。
大抵の方が、何らかの芸術的センスや才能と感性を持つがために、
世の中を生きる上で、物事を必要以上に客観視できてしまったり、
他人や自分の心の細密な分析を無意識にしてしまうのではないのだろうかということ。
そういう思考により次から次と話題が変わっていったり、内容が散漫だったりするようだ。
それと他にも思い出した。(この流れが散漫なACの特徴か?)
関係あるかどうかは分からないが、世の中電話依存症が多い中、
私は異常なほど電話恐怖症だ。
漠然と電話が苦手なんだと、自分自身あまり深刻に捕らえていなかった時、
電話業務に就いて、ノイローゼになった。
毎晩電話が鳴り響く夢に魘され、直に聞える電話の音だけならまだしも、
遠くの他家の電話音や似通った音にまで、過敏に反応し恐怖を覚えびくびくしていた。
頭の中で常に電話がなっているような強迫観念に縛られていた。
あれから電話業務が出来なくなり、今も電話にはなかなか出られない。
原因が何なのか未だによく分からない。
携帯電話のメールはまだ大丈夫だが、往復3回位の返信で終わらせたくて、強制終了する。
でもHさんと自分の性質がとても似てて、読みながら随分共感させられるところが多くて驚いている。
今までは、自分だけが異質だと諦めていたけれど、
同じような人がいると分かっただけでほっとすると知った。
ただ、ほっとして受け容れていけばいくほど、離れて保っていた人への依存の距離が縮まって、
私の場合、私が今まで疑問も辛さもなく受け止めてきた寂しさや孤独と言うものが、
逆に辛く生き難い障害へと変わっていくようで不安になる。
受け容れること、回復する事で自分が逆に壊れていくようで怖い。
私が一番、自分表現の手段としている、『詩を書くこと』、『絵を描く事』の基盤にある感性は、
長年ACと共生してきた自分が存在する事で成り立っている。
ACじゃない私に、この自分が一番傾倒している自己表現の、
源となっている感性はこのまま存在するのか?
『自分』だと認識していた、一番大きい部分が消滅するようで怖い。
TITLE:認識の入り口
読んで頂きありがとうございます。
お手数ですが下のバナーをクリックして頂けたら光栄です。
メンタルクリニックへカウンセリングに通っているある方のブログに、
ACに関するある著書による診断テキストとその方の回答が記されていた。
結果、その方と私自身の回答が9割強一致していた。
あえて違う所と言ったら、その方の母親は病的に過干渉だが、
私の母は感情がいたって希薄で冷淡で人に関わらない、と言ったところだろうか。
私が物事の相談や判断を仰いでも「お父さんに聞きなさい」が常だった。
彼女は『傲慢な夫には逆らわない堅実』を知ってか、自分の意見を言った事がない。
仕方なく父に振ったところで、結局私の殆どの主張は受け容れられることはなく、
逆説的な父の意見に強制的に従わされ、要求や要望は却下された。
私とその方はテキストの回答はほぼ一緒なのに、育った環境は似て非なるものなのだ。
その方(Hさんとする)は、テキストにその環境の事例として、病気の時の事を挙げていた。
Hさんは、病気の時、ヒステリックなほど過干渉な母親に、
四六時中ののしられ非難されわめかれ、干渉されるのだという。
日常がそうらしいのだが、「病気の時くらい放って置いて欲しい」と、
母親の病的束縛に縛られた苦しみを嘆いていた。
私はと言うと、熱を出して寝込んでも、母を含め農作業に負われる家人達には放っておかれ、
田舎の人気のない大きな屋敷の中にポツンと寝かされていた。
いつも放っておかれた気がするが(放任とは違う)構って欲しい時も構って貰えなかった。
いつのまにか仕切られた空間に人と関わらずに一人でいることが、当たり前になった。
孤独慣れだ。慣れてしまって、そちらの方が居心地が良くなった。
病気の時と被るが、アトピー或いは喘息の対応でも、Hさんと私は真逆の対応を受けている。
不可思議な親に翻弄されて…。
「褒められる」と言うことについては、人事と思えないほどよく似ている。
頑張って良い結果を出せば出すほど否定され、逆に茶化されたり非難されたり、
更に高みを要求され、何よりも「褒められた事がない」と言う状況は同じだ。
ACの(疑いのある)人は、幼少期などにアトピーや喘息を患っている人が多く、
物事に飽きっぽいこと、常に『~しなければならない。~であるべきだ。』という、
義務的な観念を抱いていることも特徴だそうだ。
これを知った時に「ACの自分」を認識した。
それと、こうしてこの類の色々な方のブログを読むにつれ気付いた事がある。
大抵の方が、何らかの芸術的センスや才能と感性を持つがために、
世の中を生きる上で、物事を必要以上に客観視できてしまったり、
他人や自分の心の細密な分析を無意識にしてしまうのではないのだろうかということ。
そういう思考により次から次と話題が変わっていったり、内容が散漫だったりするようだ。
それと他にも思い出した。(この流れが散漫なACの特徴か?)
関係あるかどうかは分からないが、世の中電話依存症が多い中、
私は異常なほど電話恐怖症だ。
漠然と電話が苦手なんだと、自分自身あまり深刻に捕らえていなかった時、
電話業務に就いて、ノイローゼになった。
毎晩電話が鳴り響く夢に魘され、直に聞える電話の音だけならまだしも、
遠くの他家の電話音や似通った音にまで、過敏に反応し恐怖を覚えびくびくしていた。
頭の中で常に電話がなっているような強迫観念に縛られていた。
あれから電話業務が出来なくなり、今も電話にはなかなか出られない。
原因が何なのか未だによく分からない。
携帯電話のメールはまだ大丈夫だが、往復3回位の返信で終わらせたくて、強制終了する。
でもHさんと自分の性質がとても似てて、読みながら随分共感させられるところが多くて驚いている。
今までは、自分だけが異質だと諦めていたけれど、
同じような人がいると分かっただけでほっとすると知った。
ただ、ほっとして受け容れていけばいくほど、離れて保っていた人への依存の距離が縮まって、
私の場合、私が今まで疑問も辛さもなく受け止めてきた寂しさや孤独と言うものが、
逆に辛く生き難い障害へと変わっていくようで不安になる。
受け容れること、回復する事で自分が逆に壊れていくようで怖い。
私が一番、自分表現の手段としている、『詩を書くこと』、『絵を描く事』の基盤にある感性は、
長年ACと共生してきた自分が存在する事で成り立っている。
ACじゃない私に、この自分が一番傾倒している自己表現の、
源となっている感性はこのまま存在するのか?
『自分』だと認識していた、一番大きい部分が消滅するようで怖い。
TITLE:認識の入り口
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