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此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。

   
培養液(7)

『月の雫』と言う生き物の培養液(28-7
(『月の雫』以後、雫と省略)


憧れの家庭 

悲しいかな雫と母は、自分達の意思とは全く無関係に、受け入れ難い時代錯誤的な環境に放り込まれてしまったようなものなのである。あたかも戦場の同胞のような女子二人とでも言おうか。 


雫の母はごく普通のサラリーマンの家庭に生まれた。
一番末っ子だった。
高校を卒業すると間も無く(19歳くらいか)、親の決めた相手と結婚した。
写真を見ただけの相手だったが、断るほどの印象の悪さも無かったのだろう。
それなりに覚悟を決め、受け入れて嫁いだ。
自動車なら
4時間は掛かる、決して近いとは言えない、親戚縁者もいない見ず知らずの土地だった。 


いきなり、13人という大家族の中に放り込まれ、家政婦的役割を担わされ、農家の嫁と職人の妻という生活が始まる。
そして、雫を産み、何が原因かは断定できないがある病気で2年ほど入院した。
退院後も自分の自由な時間など勿論無い、
13人という大家族の慌しい生活が繰り返される。
20歳そこそこの母にとっては毎日が生き地獄だったに違いない。
そしてそんな生活で溜まったストレスや鬱憤は測り知れないほどであったろう。 


雫の母はそんなストレスや鬱憤の捌け口を雫に求めた。
そのような場合、世間では、その形は腕力や言葉による虐待となって子供に向けられてしまうことが往々にして起こるが、幸いそういう形で雫に向けられなかったことがせめてもの救いだろうか。
しかしそれが如何なる形とは言え、縋り付かれてその捌け口にされた雫は…子どもだ。
多少その辺の子供より言葉の理解力に優れていても、子供に変わりないのだ。
大人のストレスを受け止められるだけの度量がある筈もない。 


勿論、雫の目には可哀相な母が見えていた。
可哀相な母の心情が見えていながら、雫は気付かない振りをした。
子供なりにやりたい事も、やらなければいけないことも沢山あったからだ。
それは成長していく過程で、子供には必要なことばかりである。
それは雫の無意識の自衛本能であったかも知れない。
そんな大人の事情にごく普通の子どもの自由を奪われたくないという無意識の自衛本能だったかも知れない。 


雫にとって、母のストレスを受け止めることは容易ではなかったが、与えられた家事もまた、子供の雫には大きな負担だった。
例えば、日に2回の2升の米研ぎと13人分の後片付けは、旅館に匹敵するような仕事であった。
客観的に見れば、と言うより常識からいっても小学生の子ども(雫)には理不尽というものだろう。

その仕事に子供としての時間を費やしながら、雫はよく友人達のことを思い描いた。
「今頃何をしているだろうか。音楽番組や流行のドラマを見ているのかな。」 


子供が机に向かい教科書を開き、学校の宿題や予習復習をしていれば、普通の親は喜ぶものだろう。
そして、正常な親子関係がそこにあるならば、子供は抱いた疑問を親に訊いたり、親も顔を突き合わせて丁寧に教えてくれる…、そんな空間がそこには存在するだろう。
雫はいつもそんな光景を思い描いた。
親子で、親子とまで言わずとも、せめて母子で…。そんな家族の団欒が雫の理想だった。 


テレビドラマなどで、よくこんな都会の家族風景を目にしたことはないだろうか。
仕事から帰った父親が、騒々しく走り回って遊んだり、或いは齧り付く様にテレビに夢中になっている子供に向かって、「テレビばかり見てないで、(遊んでないで)勉強しなさい。」と言う、あの風景…。
そのような極普通の日常が雫の理想だった。 


最近は、「ゲームをしていると、『勉強しろ!』と親が煩いから殺した」などという話が、当たり前のように聞えて来る。
短絡的で情け無い話であると同時に、そういう普通の家族を経験したい雫には理解できないことである。
そういうニュースを知る度に、家族を代われるものなら代わって、自分がその環境でやり直したいものだと雫はつくづく思うのだった。 


ここで言い加えるなら、雫たち子供には、この家で自分が見たい番組を見るなどという、テレビのチャンネル権はなかった。
だから「テレビばかり見てないで…云々」と言う状況がそもそも無い。
そして、就寝時間は8時と決められていた。
お金を稼いで家族を養う父親は、絶対的存在であり、当然、口ごたえや反発など許されなかった。
テーブルの上の母の作った食事を囲んで、学校の話や友達の話、授業の事、先生の事…、そんな他愛もない会話をしながらの夕食時の一家団欒…、それは絶対に叶わぬ雫の理想だった。 


雫の父は日常口癖のように言った。
「勉強なんかしなくていい。さっさと学校の道具(教科書等)を片付けて、ご飯の手伝いをしろ。」
そして二言目には「そんなに勉強したところで、どうせ嫁に行くんだから。」
(どうせ嫁に行く…雫が嫌いな言葉だった。)
そしてこうも言った。
「勉強しすぎて大学へ行きたいなんて言われちゃ困る。教師や医者や政治家になるなら別だが。」
父にとっては教師、医者、政治家、他公務員は立派な職業で、それ以外は取るに足りない職業であるという考えだった。
おそらく職人と言う自分の仕事さえも、職業として高い位置付けはしていなかったろう。
まして女がキャリアを持って、家庭より仕事を優先するなどという選択肢は、雫の父の脳内には存在しなかった。 


雫は、全てに於いてあまりに狭い思考で、現実離れの飛躍しすぎる発想で極論をかざし、親として以前に大人として常識外れな、自分の父親が情けなく思えてならなかった。
これが自分の父だという事が、嫌で嫌で堪らなかった。
母も母らしくは無かったが、それ以上に雫は父親が大嫌いだった。
この父親の血が自分に流れていると思うと体の中から掻き出したい衝動と嫌悪感に囚われた。
自分が存在する事すら許せない、時々そんな思いに取り付かれ、無性に自分を恨めしく、おぞましく思うのだった。 


雫は、この父親の元にいたら、或いはこの父親がいる限り、『自分には人生の選択肢はない』という思いに追い詰められつつあった。
一歩間違えば殺意に変わりかねないほどの嫌悪と憎悪を抱き始めていた。
だが幸い雫の場合それの矛先は、父や自分への殺意では無く、その後実行するべく、この環境からの脱出計画へと向いていった。 


今思えば、雫のこういう発想は、諸々の事情で関わることになった開拓移民の祖父の意気地の影響に他ならない。
今も何かと思い悩み混乱に陥り易い雫だったが、その人格を維持しているものは、祖父との生活によって培われ、根底に根付いた『現状打破』の開拓精神に違いないのである。 

しかし、そんな祖父の意気地に支えられている反面、その後も祖父の教育とは全く対極と言える、父の自己中心的な、子供教育には凡そそぐわない思想に雫は縛り付けられながら、青春時代をすごすことになる。 





(続く) 





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