此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。
誕生に母の愛がない理由(1)
雫の母は、父との馴れ初めや雫をお腹に宿していた時の事やその頃の気持ちを話したがらなかった。
普通は誰しも一つくらい、結婚前のデートの思い出や、赤ちゃんがお腹の中で動いている喜びとか、 妊娠中のエピソードなるものが何かしらあると思う。
だが、 雫がそういう話題を投げかけると、母はいつもするりと上手くかわし素通りするか、話をはぐらかすのだった。
「お父さんとどうやって知り合ったの?恋愛結婚?見合い結婚?」
中学生くらいだったろうか、雫があからさまにそんな質問を母に投げかけたのは。
恋愛や異性に興味を持ち、友達と顔を合わせば誰が誰を好きとか嫌いとか、 学校へ行けば専らそんな恋の話で盛り上がっていた頃だと思う。
普段ならかわされてお終いの質問だったが、雫はこの時は、母に少ししつこく訊ねた。
どうせ結局はかわされるだろうと内心は期待していなかった。
しかしその時どういう風の吹き回しか、初めて母は、やや渋い顔をしながらも答えを返してきた。
その答えはあまりにもあっけなかった。
「どちらでもない」
その頃の雫の頭の中には、結婚は見合いか恋愛の2種類しか思い浮かばなかった。
戦前や戦後間もなくとかという時代なら、身売り同様の政略結婚もあっただろうが、 少なくとも本人同士の自由結婚が認められるて受け入れられるようになった母の世代以降は、 世の中のあらゆる結婚がその2種類のうちのどちらかに当て嵌まると思っていた。
だから、そのどちらでもないという母の答えの真相を、 その頃の人生経験もまだまだ未熟な雫は推し測ることが出来なかった。
母は言った。
「見合いしてから恋愛、と言えば恋愛だし、そんなものかな」
雫は漠然とした内容を自分の頭の中で整理するように僅かに間をおいて訊ね返した。
「見合い写真を見てから、良さそうな人だと思って結婚したの?」
母はそんなとこかなと、話を終わらせたそうな投げやりな口調で言った。
雫はそんな母の表情を脇目に、テレビのファミリードラマでよく見る、 お見合い写真を数枚並べてプロフィールを見比べながら相手を品定めする、 そんなシーンをどこか羨ましい気持ちで思い浮かべていた。
「何枚か見合い写真があってその中からお父さんを選んだとか?それから付き合いだしたんだ。」
雫はひとり言の念仏のように少し早口で言いながら、 見合い後恋心が芽生え一応愛が生まれて恋愛結婚か…と単純に納得し、 それも恋愛の形かなどと大人ぶった思春期の脳で自分勝手に良いように解釈していた。
すると母はぼそりと言った。
「親同志が決めた結婚で、写真を一度だけ見せられて、どこの誰とも知らぬ人に嫁いだんだよ。」
思いも寄らない言葉だった。
(続きます…)
TITLE:誕生に探す母の愛の所在
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