此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。
すると母はぼそりと言った。
「親同志が決めた結婚で、写真を一度だけ見せられて、どこの誰とも知らぬ人に嫁いだんだよ。」
思いも寄らない言葉だった。
喉の奥と胸が締め付けられるような感覚と同時に、 子供心にある恋愛や結婚への憧れがガラガラと崩れていくような寂しさが込み上げた。
その後は言葉が詰まり何も言えなかった。
その話はそれっきりになった。
その頃は、そんな写真を見ただけの親の決めた政略結婚でも、 一応母は父の写真を見てこの人ならと承諾したのだろうと、 雫は少女マンガのような、恋に夢多き解釈をした。
嫌だったら断ればいいんだしと、簡単に拒否できるものだと思っていた。
(実際は親の決めたことに逆らうなど、その頃はまだ簡単にできることではなかった。)
その時の母の心境がどんなだったかなどとは考えてもみなかった。
その答えを聞くまでは、現在ではありきたりでない結婚の切欠をドラマチックにすら感じて、 自分の父と母がまるでテレビドラマや小説のようにロマンチックにさえ思えた。
愚かなことに雫は、父と母の出会いに対して少し得意な気分でさえあった。
ところが最近、母のあの言葉を聞いた時に感じた苦しさ以上に、 遣り切れないあることに雫は気付いた。
それはこれまで思いもしなかったことだった。
雫はあるとても悲しい事実に気付いてしまったのだ。
雫の母は19歳で結婚していた。
相手は5歳年上だった。
高校を卒業して1年後くらいに、「この男性どう思う?」と言われたか、「この男性のところへ嫁に行きなさい」と言われたかはわからないが、父の写真を見せられ、その後すぐに結婚していた。
一般的に適齢期を考えるなら、19歳はやや早い結婚と言える。
そして雫は、母が21歳で産んだ子である。
21歳で産んだということはその10ヶ月前に妊娠したということになる。
雫の誕生月から逆算していくと明らかに母は20歳で妊娠したことになる。
つまり纏めると、母は19歳の時、親の決めた、 それもたった1度写真で見ただけの見ず知らずの24歳の男性の元に嫁ぎ、 翌20歳に処女を失い(母の時代は女性はとても貞淑だったから)、 雫を身ごもって21歳で産んだということになる。
文字だけ追えば早婚についての何と言うことのない文章の、どうと言うことのない内容だ。
けれどどそこに置かれた女性側の気持ちになって考えてみると、 単純に結婚や出産を喜べない受け入れ難い背景が見えてくる。
そして大きな苦悩と疑問が浮かんでくるのだ。
19歳の処女の娘が、相手の写真を一度見せられただけで、 全く初対面の見ず知らずの5歳も年上の男と結婚する。
その時の時代背景や雫の母の様子から察するに、この出会いにはこの時点で、 恋愛感情など存在してはいないだろう。
しかし所詮若い男と女、床を共にして夜を重ねるに連れ、性への興味も相まって、 やがてお互いを求め合いセックスへと進展していくというのか。
(もう少し続きます…)
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