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此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。

   
培養液(10)
『月の雫』と言う生き物の培養液 (28-10)
(『月の雫』以後、雫と省略)


エリート(サラブレッド)コンプレックス


しかし絵を描きたいという心がなくなった分けではない。
ある人の言葉により、雫の絵に対する気持ちは消滅することなく保たれ、支えられていた。
「美術部がなくて残念だけれど、貴方に油絵を描かせてみたい。この道へ進みなさい。」
それは中学で巡り会った担任教師の言葉だった。
この時はまだほんの僅かではあるが、雫の中には夢として存在しているものが何かしらあった。


中学時代は好きな絵を描くということもなく、雫は自分の能力を隠すように過ごした。
自発的に何かを始めたり、何かに取り組んだりすることもなかった。
しかし雫が極力目立たないようにしているにも拘わらず、雫の家の能力評価の基準を知らない教師達はそんな雫に対して、大勢の前に晒されるような役目ばかりを与えたがった。
教師達は彼らなりに生徒一人ひとりの能力を伸ばそうとしていたのだろう。

だが日々、父の極端な能力評価に晒され、自覚なくその人格を歪められていった雫にとって、教師という職種の人達の、子供に対する夢多き将来への指導や激励は、苦痛に他ならないものだった。
いつの間にか雫にとって、褒められる事とは父から褒められる事のみ意味があり、それ以外の他人からの褒め言葉など気休めの奇麗ごとで、単なる大人の建前(職業がら仕方ないか…というような)としか、受け止められなくなっていた。

雫の中では実際のところ、他人の褒め言葉はどんな場面に於いても取るに足りない低いレベルに感じられた。
父以外の第三者に褒められる度に、何故そうも簡単に他人を褒めるのか、何故自分が褒められるのか、自分の能力やしていることは褒められるに値することなのかと疑問ばかりが湧いた。
雫には分からないことばかりだった。

やがて他人に褒められると、えも言われぬ不快感に襲われるようになった。
褒め言葉の安売りをされているようで、腹が立った。
自分はこの程度のことで褒めなければいけないような、低いレベルの人間なんだ、雫の中にそんな憤りの感情が湧いた。
明らかに子供らしさや素直さとは程遠い、歪み屈折した感情だった。
人に厚意を受けると、情けを掛けられたと感じ、プライドが傷付くと言う要素も含んでいたであろう。

本当に何かしらのジャンルで世に名前でも知れ渡っているほどの超エリートの家系ならば、その専門に於けるレベルの高さは認められようものの、雫はただのちっぽけな村落の一職人の一子供である。
いったい何のプライドだと言うのだ。
取るに足らない掃いて捨てるようなプライドに雁字搦めになっている雫。
掃いて捨てるようなと言いつつ、容易に捨て去ることのできないプライド。

そのプライドを作り出したのは紛れもなく雫の父である。
雫の父は、世の中に選ばれた、突出した才能を生まれ持った人間、つまりは天才やエリートに憧れていた。
言わば、エリート(サラブレッド)コンプレックスだ。
雫の父もまた、才能の育成力のない環境で、望みもしない、突出とまでいかなくても世間の人々よりやや抜きん出た才能を授かってしまったが為に、それに付随する様々な感情に翻弄されていた。
無い物強請りに過ぎないということにすら、気付いていない。

そんな人生を背負い、自分が叶えられなかった夢を子に委ねるというのは珍しくない話だが(と言っても、そういう状況に於かれた子も悲運であるが)、その叶わない願望に縛られたことで生まれてしまった憂さやストレスを、こともあろうか自分の子供に振りかざし、子の将来を閉ざす(と言うより潰すと言った方がぴったりだ)など、親のすることか。

しかしそれは後の祭り、雫が負わされたつまらないものは、いざ捨てたくともこびり付いていて、容易に削ぎ取ることはできない。
雫は自分の意思とは無関係に、抱きたくもない感情に縛り付けられ、もがいている。
雫の父はというと、雫が中学生になってからも、子の能力にあった未来や将来を考えるどころか、相も変わらず叶わぬ願望ばかりを押し付けている反面、道を開く指標となるものは何ひとつ示してはいない。
寧ろ閉ざし、奪うばかりで。

自分が親から引き継いだ能力を、あろうことか親によって潰される境遇に生まれて来た意味、雫がこの境遇に生まれて来た意味とは何だろう?
雫がこのように育たなければならなかった意味とは何だろう?
意味がないなら苦しむ必要などないし、雫がこんなことを考える神経など要らないじゃないか?
意味を見つけなければ、存在そのものが否定されるのに等しい、雫はそんな危機感に苛まれていた。

雫はこの頃、父の偏愛的はエリートコンプレックスにより、自分の出来損ない振りを思い知らされ、自分を否定してばかりの毎日から抜け出す術さえ見失ってた。
それは生きる気力のない、ただ同じ毎日を繰り返している、呼吸する人形のようだった。
生きたいから生きるのではなく、死ぬことが出来ないから生きているだけ、死ぬと迷惑を掛けるから生きるしかない、そんな意識さえも鎖のように雫の心を縛り付けるのだった。

自己否定により追い詰められながらも、雫は新たに小さな楽しみを見出した。
が、それもすぐに強烈に否定され、雫は再び打ちのめされた。
雫はそのことで一層、自分の感性も能力も身体的機能も、全てを否定されるようになり、更に心に大きな傷を負うことになる。




(続く)





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TITLE:コンプレックス




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