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此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。

   
培養液(11)

『月の雫』と言う生き物の培養液(28-11) 
(『月の雫』以後、雫と省略)

声のこと 

自己否定により追い詰められながらも、雫は新たに小さな楽しみを見出した。
が、それもすぐに強烈に否定され、雫は再び打ちのめされた。
雫はそのことで一層、自分の感性も能力も身体的機能も、全てを否定するようになり、更に心に大きな傷を負うことになる。 



一般的に喘息を患うと声がかすれるようだ。
それは頻繁に発作と付き合う幼少期に限らず、成人した後も永久的に付いて回る、個性もどきのハンデである。
雫も幼少期に小児喘息を患い、おそらくそのせいであろう、世間で言うところのハスキーな声をしていた。
それはとても十代の少女の声とはほど遠いものだった。 


声がハスキーと言うと一般的にそのイメージは、昔で言うところの『青江三奈』や『桂銀淑(ケイ・ウンスク)』、もう少し年齢を下げると『中村あゆみ』あたりを想像するだろうか?
『宇多田ヒカル』は高く細い声だが、彼女もまたハスキーと言える声質も持っているだろうか?
(そういえば彼女も喘息だったと何かの本で読んだ。) 


しかし雫は彼女達のようなカスレ声ではなく、どちらかと言うと本当に低音と言った方が当て嵌った。
話す声はかなり低く太かった。
自分ではそれほど太いという自覚はなかったが、日常の生活の中で人と接する度にそのような意味合いの言葉を遠回しに耳にすることがあった。 


この頃の雫はまだ、自分の声に対して自覚が薄かったため、自分の声が人にそのような印象を与える事に疑問を抱いていた。
中学生頃から電話に出れば必ずと言っていいくらい、弟や、果ては父と間違われる事が重なり、雫の自覚とは別に、何よりも事実がそのことを証明していた。
雫は否応無しに現実を思い知るのだった。 


そんな訳で始めは自覚が薄くとも、この声に纏わる苦いエピソードがいくつも重なるにつれ、雫は否応無しにそのことを認め、受け入れない訳にはいかなかった。
それは真綿で首を絞められるような苦痛を強いられ、わざわざその苦痛を認識していくことでもあった。
あれから今も変わらず雫は、やはり初めての人の前で声を発する事には躊躇する。
あの頃から状況がかなり変わったとは言え、不安は根付いている。
そこまで根付いてしまったエピソードを書き止めようと思う。 


あれは雫が中学に入学する時、物品購入で初登校した日のことだ。
雪国では制服のある中学校や高校は、冬は女子もズボン着用が許可されている学校が多い。
雫の入学する中学校も制服はセーラー服であったが、同様だった。
この日雫はズボンを履き、セーラー服の上に防寒用の上着を着ていた。
そして同じ出身校の女友達と雑談しながら購入の順番待ちをしていた。 


すると少し離れた後方から数人の男子生徒の会話が耳に入ってきた。
「あいつ髪の毛長いじゃん。中学校は男はみんな坊主だろ?」
始めはヒソヒソ話のトーンだったが、やがて会話の声は笑いと共に、気に留めずとも耳に届く大きさになった。
「はあ?あれ女か?」
「いや、声からして男だろ。」
雫の髪の毛はショートカットが伸びた形で、肩に掛かっていた。
けして男子に間違われるほど短いとは言えない長さだったが、そっと振り返ると、彼らは明らかに時々指差しまでして雫のことを話していた。 


確かに声変わりしていない男子よりも男っぽい声だったけれど、この時期にわざわざ、『男子は坊主刈り』という校則のある学校に、わざわざだ、長髪のまま登校する無謀な勇気のある新入生はいないだろうと、雫は内心思った。
彼らは並んでいる間中、雫が男か女かの話題に終始していた。
雫は、いずれ気付くことだと、聞えていない振りをしてその場をやり過ごした。
雫は入学後その彼らとクラスが一緒になったかどうかは全く覚えていないのだが、今振り返れば、心がそれ以上傷まないための無意識の防衛本能が働いたのかもしれない。 


また、こんなこともあった。
入学した初日、雫の席のとなりの女子が欠席していた。
偶然にも彼女は雫の母と同じ名だった。
彼女は数日間欠席したが、雫は母と同じ名の彼女に興味を抱いた。
彼女と同じ出身校の子に、「○○ちゃんってどんな子?」と思い切って訊ねると「髪の毛の長い、可愛い子だよ。」と言う返事が返ってきた。
雫は彼女に会えるのをとても楽しみにした。 


数日後彼女と対面した雫はすぐに仲良くなり、彼女の家の電話番号を教えて貰い、遊びに行く約束をした。
その夜7時頃、雫は新しい環境で特別に思いの通じた友が出来た嬉しさから、思わず彼女に電話をした。
電話には彼女の父親らしき人が出た。
が、雫は何故か、その男性のとても不機嫌そうな「いません!」の一言で電話を切られた。 


翌日、学校で会った彼女が言うには、電話にでたのはやはり彼女の父であり、父は雫のことを男子生徒と勘違いしたらしかった。
「中学に入った途端に、男をつくるとは!」と彼女は叱られ、どんなに説明しても信じてもらえず、結局雫が、その週の日曜日に彼女の家に行ったことで、疑いが晴れ、無事に誤解は解けたのだった。
彼女の家はかなり村はずれで、あまり友達が遊びに来ることがなかったと言うこともあってか、「これからも遊びに来て、仲良くしてやってくれ」と言った、彼女の父の申し訳なさそうな、それでいてとても優しい顔が印象的だった。 


雫は『声』で嫌な思いはしていたが、ここまではまだそのことを気にしないでいてくれる友達のおかげで傷が悪化することはなく救われていた。
そのことは雫自身が多少傷付いたとしてもそれなりに笑い話にもできる範疇の傷に治めてくれていた。
人生を左右しかねない決定的な傷となったのはその後の二つの出来事だった。 



(続く) 



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TLTLE:消滅していくボイス





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