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此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。

   
培養液(15)

『月の雫』と言う生き物の培養液(28-15
(『月の雫』以後、雫と省略)
 


高校進学という選択(中編)
 


「美術の先生にはならない」そう雫がいうと、父は言った。
「散々大金をかけて大学まで行って教師にでもなるならいいが、嫁にでもいかれたら二束三文だ。
どうせ女は嫁に行くんだから、大学なんか行く必要はない。」
そうだ、雫の父は常日頃口癖のように言っていた。
「女はそんなに勉強しなくていい。どうせ嫁に行くんだから!」
「教師や医者や政治家にでもなるならともかく、女が大学へ行ったって嫁に行ったら何もかも無駄だ。」
雫は取り付く島もない父の一方的な思想と言葉に、最早この人に何を言っても無駄なのだと諦め始めていた。 



雫は気付かなかったが、その様子を祖父が離れたところで見ていた。
雫がその数日後、何かを訊きに作業小屋にいる祖父の所へ行った時だった。
達磨ストーブの中で時折りパチパチと燃える薪の音と、祖父の作業の手に合わせて生まれる藁の擂れる音が、暖く静かな時間に溶け込んでいた。
祖父は作業の手元から目を逸らすことなく、ぽそりと話を切り出してきた。 


「大学へ行きたいのか?」
父とのあんなやり取りがあっただけに、雫はそのことはもう封印しようと思っていた。
「別にいいよ。何が何でもって訳じゃないし。」
雫も小さな仕切られた空間の心地好い雑音に浸りながら祖父の作業の手元を見つめていた。
この祖父の作業場所は雫にとって、不思議といつ来ても心癒される場所だった。
パチパチと燃える薪の音と混ざり込むような、特に抑揚もない声で祖父は淡々と言った。
「おまえが大学へ行きたいなら、土地を全部売ってでも行かしてやるから、行きなさい。」
雫の全てを包み込むような大きな言葉に雫は胸が熱くなり、涙が零れそうになった。 


雫は小さい頃、病院で痛い注射をされた時も泣かなかった。
小1で近所の秋田犬に太腿を噛まれて7針縫った時だって泣かなかった。
木登りして落ちて手首を捻挫した時も泣かなかった。
また熱い味噌汁で火傷をした時も、治療の際膿んだ傷に貼り付いたガーゼを換える時も泣かなかった。
弟妹のせいでやってもいないことの責任を一番年上だという理由で負わされ父に殴られた時も、決して泣かなかった。
だが、今もこの言葉を思い出すだけで、雫は胸が熱くなり涙が込み上げてくるのだった。 


そして、この時雫の心は決まった。
雫が美大へ行く事のメリットと、そのことを選択した時の諸々の犠牲とリスクを天秤にかけた。
強い意志が存在しない、ただ何となくという漠然とした雫の願望のために、戦中戦後の苦難の中で一生をかけて手に入れてきたものを雫に注ぎ込もうとしている祖父。
そんな大きなものを背負う覚悟は雫にはなかった。
そんな大きな財産を投げ打ってまで支えて貰うだけの価値は自分にないと思った。 


冒頭にも書いたが、雫は勉強は好きではない。
だから、成績は当時学年で5番以内を維持してはいたが、進学というものに全く興味なかった。
さらに、進学して3年間も勉強するより、いっそのこと何か手仕事をする職人に弟子入りして自活できれば、この忌まわしい環境から抜け出すことができるし、好きな手仕事というものに没頭できるし、その進路選択こそ一石二鳥で最善の方法だと、自分なりに方向を導き出していた。 


そしていよいよ進路も確定させなければならない冬休み前の最後の進路指導である。
担任は、当然雫が進学するものと思っていたようである。
「高校は決めた?雫さんなら、ここはもう堅いね。大丈夫合格するから。」
担任は何の疑問も持たないにこやかな表情で言った。
雫は少し首を傾げ、あまりに明るい担任の笑顔に躊躇した。
「…私、進学しません。就職します。」
担任は一瞬「え?」と言う戸惑いの表情を見せた。
「?…おうちの方は何と言ってるの?」
雫は答えた。
「好きにしなさいと…。」
しばし沈黙が続いた。 


このやり取りの後、進路指導がどのような方向に、どのように流れていったか、雫の記憶は定かではないが、担任が、雫の将来にとっての進学の必要性を懇々と説いたようである。
そしてその後、雫の進路は担任教師の異例の行動によって、進学へと方向転換していく。 






(続く) 




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TLTLE:人生の樹2







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