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此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。

   
培養液(17)

『月の雫』と言う生き物の培養液(28-17)
(『月の雫』以後、雫と省略) 


禁止事項 

ストーブの小窓の火を見つめながら彼は言った。
「高校、行けるんなら、行っておいた方が絶対いいぞ。」
その言葉で、雫は妙に素直に高校へ行ってみようかと思った。
そして翌日、進学する意向を担任に伝えた。 



以前書いた声の事に少し戻る。
「お前の声、気持ち悪いから歌うな!」中一の時に男子生徒に言われた心無い言葉、「彼女の声はハガネみたいな声ね。」ようやく傷も癒えて立ち直りかけた時に数学教師に言われた無神経な言葉。
雫の、自分の声に対するコンプレックスは、膿んだ腫れ物のようにかなり膨れ上がっていた。 


誰しも、特定の声に不快感を抱くとか、この声は嫌いだとかいうターゲットに出逢うことがあると思う。
実際、雫もそういう相手はいる。
が、まさか自分の声が自覚のないところで、これほど人に不快感を与えているなどとは思ってもいなかった。
自分がそのターゲットそのものになって、人に嫌な思いをさせていたなど考えてもいなかった。
何より人に迷惑を掛けているということが惨めで辛かった。 


それでもその人たちと一生顔をつき合わせていく分けじゃないと自分に言い聞かせ、何とか思考転換して傷を癒そうとした。
が、それは、考えないように蓋をすると言う方法によって、心の奥深くに押し込まれ、蓄積されているだけであって、一時の誤魔化しに過ぎないということに、雫は気付いていなかった。 


雫はただでさえ普段から口数が少なかった。
口下手で、必要な時意外は自分から人に話し掛けることもあまりなかった。
雫は、声に纏わる心の傷によって益々無口になっていた。
気付くと人に対して声を発して何かを伝えることにとても臆病になり、その単純な動作に相当な勇気が必要だった。
それは雫にとって恐怖でさえあった。 


あれほど好きだった『歌うこと』に対しても、鼻歌さえ人の目を気にするようになり、人の気配のあるところでは歌えなくなっていた。
音楽の時間も以前のように声を張って歌うことがなくなった。
声を張ることがなくなった分、喘息の後遺症のようにかすれた声は途切れ途切れに音が漏れるような、ただの息にしかならなかった。
声らしからぬ声を出そうと咳払いをすればするほど声はかすれ、雫は居た堪れない感情に追い詰められるのだった。
けれどこれはまだマシな状態だった。 


あれは雫が中3の冬、親戚や父の兄弟、父の仕事仲間も集まって盛大に盛り上がる正月の宴の席だった。
雫もご馳走の並ぶその席に、弟と一緒に座らされていた。
雫の父を始め、大人達は皆、自分勝手な子供自慢や偏見だらけの人生訓を一方的にその場にいた雫と弟に聞かせていた。
宴もたけなわ、手拍子で歌や踊りも飛び出し、大人は誰もが上機嫌だった。
場はすっかり正月の目出度さ一色に染まっていた。 


やがて親戚に持ち上げられ、あたかも真打登場のように雫の父が歌いだした。
雫の父は世間で言ういい声で、文句なく歌も上手い。
結婚したての頃、民謡の大会で勝ち抜き、県代表となり、全国大会への切符を手にした事もある。
が、結局厳しい父親(雫の祖父だが)の猛反対により、その出場権を放棄させられた。
しかし歌を諦めきれず、流し(居酒屋や宴席で歌を披露し収入を得ること)のようなことも少しやった時期があったようだ。 


そう、雫の父は歌手になりたかったのだろう。
しかし、歌手など職業としては不安定極まりない。
雫の父は、波乱万丈な博打(ばくち)のような生き方を最も嫌う彼の父親(雫の祖父)により、職人という堅気の仕事に就かされたのだった。
雫の父は、父親(雫の祖父)によって夢を諦めさせられたのだった。 


その父は機嫌がよくなると決まって、自分の声に似た、良く伸びる良い声の弟を褒めた。(この時弟は小6だ。)
「俺に似てこいつは声も良いし歌も上手い。」
弟が言葉を発するたびに、良い声だと褒めちぎった。
その宴の席に居合わせた親戚の誰かだったろうか、あろう事か、雫にその流れを振った。
「蛙の子は蛙と言うから、雫ちゃんも上手いだろう。何か一曲歌いなさい。」 


「ぐずぐずしてると場がしらけるから歌え」と雫の父も言った。
そして雫に拒む猶予さえ与えられないまま、辺りから手拍子が始まった。
音痴ではない自負があったものの、不安だらけだった。
その場は最早歌うしか収拾の付かない様な状態になっていた。
しかしいざ選曲を試みても、テレビを自由に観ることの出来ないこの家の生活の中で、雫が流行歌や演歌を知るはずもなかった。
ふと、たまたま、歌を覚えたいという祖母にこっそり教えていた『秋田音頭』と言う民謡を思い出し、それを歌うことにした。 


雫の父達の世代の固定概念的常識として、通常女性が歌う場合、どんな曲にしろ声が高ければ高いほど、演歌や民謡なら、ころころとコブシが転がれば転がるほど上手いとされる。
多分喘息で男声の雫は、固定概念に囚われた年寄り連中に、全く酷い印象を与えたに違いない。 


それでも親戚の中には良識のある人もおり、「こんな難しい歌、よく歌えた」と褒めてくれもし、皆も義理のお情けの拍手をくれた。
宴はそれなりに盛り上がった。
が、父は言った。
「全く声が悪くて誰に似たんだか。」
そして吐き捨てるように言った。
「お前は人前で歌っちゃいかん。二度と歌うな。」 


歌うことは、雫にとって特別なことであると同様に、雫の父にとっても特別なことだったに違いなかった。
しかし、雫は父のこの言葉によって身も心もずたずたにされた思いだった。
雫は込み上げる涙と悔しさを堪えながら思った。
「何が悲しくて実の親にまで非難されなければならないのだろう。それも、他人から受けた仕打ちに、さらにとどめを刺されるかの如く…。」 


歌った雫もバカだったかも知れないけれど、実の親にまで声を罵られ、二度と歌うなとまで言われるなどと、雫は思いもしなかった。
父に恥をかかせた罪悪感もあったが、何より唯一好きなことさえ奪われたことがショックだった。
雫はこの日、心の中では理不尽を感じながらも、人様にこれほど迷惑を掛けるなら一生人前で歌うまいと決めた。 


雫が父によって禁止されたことを以下に書き出してみた。 

【父による禁止事項】 

教師その他公務員以外の進路の為の大学進学の禁止 
人前で歌うことの禁止 
ピアノを習う事の禁止 
アルバイト(ろくでもない人間関係ができるという理由)の禁止 
一番になれないものは禁止 
(何事においても一番にならなければ駄目。それ以外は無いのも一緒。) 


雫は必然と物事に取り組む事ができなくなっていった。 
禁止事項ではないが、父に批判される恐怖で、絵を描くという意欲さえも相当萎縮していた。 


この事は全て、雫が弱いだけで、雫が犠牲を厭わず反抗しさえすれば済む事なのかも知れない。
また、上記の事を寧ろ希望する人(しなくていいのが羨ましいと思う人)にとっては、雫の苦悩は永遠に分からないだろう。
ただ、『犠牲を厭わず』と言うことは『迷惑を掛ける事を承知の上で』ということになる。
『人に迷惑を掛ける』ことほど、辛く耐え難いと感じていたあの頃の雫に、親に反抗すると言う選択肢は考えられなかった。 





(続く) 




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TLTLE:禁止事項

 

 







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