此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。
		『月の雫』と言う生き物の培養液(28-21) 
		(『月の雫』以後、雫と省略)
		
		運命の出会いと転機 
		
		雫はバンド音楽の面白さを知る切欠となったこの後輩と特に親しくなった。この出逢いが、雫の人生をいつの間にか予期せぬ方向へと動かしていった。
		それは雫の心の中に燻っていた「この環境から脱出したい。」という思いを、「脱出する!」という強い決心へと変えていった。 
		
		
		高校へ進学してからは、部活で遅くなる雫と、仕事後の仲間との呑み会で遅くなる父とは、殆ど顔を合わすことはなかったが、そんな父が雫に関わってきたことがひとつだけある。
		それは雫が試験期間前で部活がなく、いつもより早く帰宅した日のことだった。 
		
		雫は、当然父は在宅していないだろうと、小さく「ただいま」を呟いて玄関のドアを開けた。
		壁際に徐に新品のギターハードケースが立て掛けてあった。
		勿論中には、特別高価ではなかったがそこそこ値段の張る、有名メーカーのアコースティックギターが入っていた。 
		
		雫が帰宅した気配を察知して奥の茶の間から行き成り父が出てきて、玄関で驚いている雫に向かって言った。
		「あいつ(叔父)のギター、今すぐ返して来い。」
		父は、音楽を楽しむ雫の為に新品のギターを準備したのではなく、娘が厄介者の叔父のギターを借りている事が気に入らなかったのだった。 
		
		雫は曲作りにギターは必要だったけれど、欲しいわけではなかった。
		ギターを買ってくれなどと一言も言っていなかった。
		なのに父は、雫の話など聞くことなくギターを買ってきた。
		雫は何でも勝手に決めてしまう父にうんざりした。
		父にとっての雫は愛する子供ではなく、結局自分の見栄を満足させる為の道具なのではないかと感じずにはいられなかった。 
		
		幸いギターは無いよりは有ったほうがマシで、一々叔父から借りてくる手間がなくなったことを思えば、頭では「ギターが欲しくても簡単に買えない人もいる」と自らの幸運を納得させることで苛立ちを鎮め、割り切る事も出来た。
		だが、やはり父に押し付けられるように与えられたギターには素直に喜べなかった。 
		
		その日以来、雫が叔父のギターを借りる事はなく、結果的には作曲する時や部活にもそのギターを使用した。
		しかし家の中でその音が聴こえることはなかった。
		何故なら雫は、ギターの音やメロディーを口ずさむ声が絶対に部屋から漏れないように、又家人に聴こえぬように兎に角静かに作業を進めていたからだった。 
		
		家でギターをまともに弾いている音がしないので、父が一度、「ギター弾かないのか」と雫に訊いて来た事があった。
		ギターを買ってやったのに弾いている気配がないと、不思議がっていた。
		もし曲を弾いている音が聴こえようものなら、父はきっと自分の前で弾くように命令し、ああだこうだと非難だらけの批判をしまくるに違いなかった。
		勿論、雫が人前で歌を歌っているなど家族は知らなかったし、当然父も知らなかった。
		雫は追求されないように極力父とは顔を合わせないようにした。 
		
		そんな出来事もあったが、有り難いことにこの頃から、高校の学歴の無い父は、教育に関する諸々は母に任せ切りになっていた。
		しかし母は母で極端に干渉しない人だった(というより、雫と母はそういう関係だった)ので、日々の畑仕事や大家族の家事に追われ疲れ切っていたことや真面目な雫に対しての信頼と安心感も相まって、雫が高校で何をしていようがあまり興味はなかったようだ。 
		
		高2になり、軽音部に数人の新入部員が入ってきた。
		その中に一人、高校生レベルを超えたギターの上手い男子部員がいた。
		雫は恋愛感情抜きに、彼の弾くギターの音質や繊細さ、丁寧さ、華やかさ、癖など含めてセンスのいい音が純粋に好きだった。 
		
		部活で音楽を介して先輩後輩の付き合いが深まっていくにつれ、二人の音楽観が一致していった。
		将来的に一緒にバンド活動をしようという熱い想いが生まれた。
		彼が雫のバンドのメインギターを受け持つことになった。
		二人は他のパート(ベース、ドラム、キーボード等)を捜す為に、先ずは雫のオリジナル曲のデモ音源を作ること始めた。 
		
		「僕はあなたのバックバンドとしてずっと付いて行くから」と彼は言った。
		才能と言えるかは分らないが、彼は雫の音楽的な能力を認め、雫の為に自分の持つ音楽的な力を尽くそうと言った。
		雫は後輩のこの言葉に突き動かされ『何か一つでいい、自分の好きなことを成し遂げたい』と強く思うようになった。 
		
		彼と音楽を作っていくうちに仲間というものを意識するようになった。
		それまでは『仲間』と言う言葉に、つまらない連帯意識のような弱さのかばい合いと言う印象を抱いていた。
		物心付いた時から孤立だった雫が、仲間ということばを初めてしみじみと実感した時だった。
		そして、あらゆるものを父によって封じ込められてきたこれまでの人生、せめて何か一つくらい、誰の束縛を受けることも無く没頭し、自分の意志で気の済むところまでその達成感を掴みたいと雫は思った。 
		
		この時から雫は、雑誌のメンバー募集に告知を出したり、日本中、これはと思う人に片っ端から手紙や電話でコンタクトを取った。
		人間嫌いで消極的と言われ続けた雫からは想像もできない、当に人が変わったとはこの事かと思えるほどだった。
		この時の雫のバイタリティーは別人のようだった。 
		
		某レコード会社に音源を送ったこともあった。
		そのことで、音楽業界に繋がった訳ではないけれど、とても印象深いことがあった。
		大量に送られてくるであろう音源のたかが一つに
		「とても個性的な声なので、思いっきり声を出し、ロックに挑戦してみることをお勧めします。」
		と、とても客観的で丁寧なアドバイスを受け取ったことだった。
		自分の持っているものを初めて正当な目で評価して貰った気がして、雫は嬉しかった。 
		
		その頃から雫と後輩の彼は、本格的にロックバンドを結成する方向へ舵を向けた。
		そのことはその後、雫の就職という進路にも大きく影響していった。 
		
		
		
		(続く) 
		
		
		
		
		
		
		
		
		
		
		
		
		
		
		
		
		
		TLTLE:運命の出会いと転機
		
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