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此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。

   
培養液(22)

『月の雫』と言う生き物の培養液(28-22)
(『月の雫』以後、雫と省略)


脱出計画 

その頃から雫と後輩の彼は、本格的にロックバンドを結成する方向へ舵を向けた。そのことはその後、雫の就職という進路にも大きく影響していった。 


高校に入って外の世界を知れば知るほど、雫は自分の育ってきた環境や家族が世間とはあまりにも違い過ぎる事を知った。
軽音部で出会った後輩に影響されバンドでの音楽活動に夢を抱き、その夢を叶えたいと湧き上がる情熱に少しずつ突き動かされ始めた雫は、何が何でもあの拘束された『井の中の蛙』達の閉鎖世界から脱出しなければという思いも膨れ始めていた。 


高校3年生になり、いよいよ進路を決定する時が来た。
雫の頭の中には、兎に角父から逃れなければと言う思いがあった。
そうしなければこの先、自分自身の未来には何も残らないと感じた。
社会の常識や日常を知れば知るほど、自分の置かれている環境の異常さに恐怖さえ憶えた。
この異常な家庭環境から脱出することは当然として、さらに運命のバンドメンバーを探すためにも、そして音楽活動をする為にも雫は県外へ出ようと決めた。 


そして進路指導室の資料を漁り、この学校からの県外就職者、それもできるだけ遠くに就職した人の前例がないかをくまなく調べた。
この学校は進学校であった為に、県内なら兎も角県外への就職者を探すのは容易ではなかった。
しかし何事も新規で事を進めるにはリスクが大きいもの、せめて前例さえあれば、会社の求人を申し込むにも、あの父を説得するにもきっと上手く事が進むに違いないと雫は考えたのだった。
そして雫は辛うじてたった一件の前例を探しあてた。 


その会社はその県内、或いはその分野では名の知れた大手の会社だった。
大きく括れば芸術的要素も持つ製品の製造会社だった。
高卒程度で実際にデザイン的なものに携われる訳などある筈もなかったが、そういう会社である事が、美術系思考の雫が恰も強く希望しているかのようにカムフラージュするには必要だった。
周囲を信用させ欺くには打って付けの会社だった。 


そしてさらに驚いたことは、偶然にもそのたった一件の例と言うのが、雫に高校へ行く事を助言してくれたあの弟子の遠い血縁ではあったが、親戚にあたる人だと言うことだった。
父が特に目をかけて信頼していた弟子の親戚だという幸いであり奇妙な事実だった。
それは神が雫にくれたチャンスのようでもあった。 


雫は様々な理由を並べて、父にその会社へ入りたい旨を主張し、懇願した。
分かってはいたが、そう簡単に父は首を縦に振らなかった。
だが進路確認がある度に雫は父に何度も繰り返し頼んだ。
そうこうして、同じような停滞した日々が過ぎていった。 


とうとう最終確認になった時、これまで一度も口を開かなかった母が口を開いた。
そして一言、父に言った。
「1、2年、他所のご飯を食べて苦労すれば気が済むでしょう。若い時は外へ行ってみたいと思うものです。1年か2年間だけ行かせてはどうですか。」
意外な言葉だった。
すんなりそれに従った父も予想外だった。
案の定、父のお気に入りのあの弟子の人柄や仕事ぶりが良いこと、その縁者が就職した会社であるということが大いに父の気持ちを解いた理由に影響していた。 


その夜、雫が母と二人で食事の後片付けをしている時だった。
母がぼそりと言った。
「私も一度くらい県外へ行ってみたかったけど、高校卒業してすぐ結婚したからね。今じゃもう無理。若い時しか出来ないから、あんたは行って来なさい。但し、2年経ったら帰って来るんだよ。」
そう、母には母なりの辛いものがあったんだと雫は思った。
しかし同時に、もう此処へ帰らないかもしれない雫は、心の中で「御免なさい。」と呟いていた。 


雫は母の事は好きだった。
雫と母との関係は妙に他人行儀ではあったけれど、適度な距離感で付き合う母との関係も、かなりクールなその性格もそれなりに雫は好きだった。
だから、父が憎い反面、母を欺こうとしている自分に罪悪感もあった。
しかしその罪悪感こそがこれまで雫をこの環境に雁字搦めにしている根源であることを雫は気付いていた。
だからこそ断ち切らなければならないという覚悟も強かった。 


かくして雫の脱出計画は実現し、雫は自分の手で切り開いた未来に向かって歩み出す。
表向きは2年間の期間限定の就職体験、実際は二度とこの場所に戻らないかもしれない、音楽活動という夢を叶える為の、また閉鎖された機能不全の家族環境から脱出する為のエスケープにも似た旅立ちだった。 




(続く) 



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TLTLE:脱出計画

 

 





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