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此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。

   
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培養液(25)

『月の雫』と言う生き物の培養液(28-25)
(『月の雫』以後、雫と省略) 


運命的な出会い…それは奇跡の出会い 

彼ら4人と歩いたあの数年間は、18年間雫が過ごした忌まわしい事実、父に押え付けられ外部社会から隔離された機能不全家族という世界で育った事実を、確実に時の過去へと押しやるかのようだった。
彼らとの出会いはそれほど、雫の人生或いは運命と言うものに大きな影響を与えたのだった。 



話は少し前へ戻るが、雫が就職した当時、会社には社員寮があり、雫はそこで日々を送っていた。
雫が就職して始めての年の暮れ、雫の父は、母と、当時長距離トラックを乗っていた叔父(雫がギターを借りていた叔父→
培養液19参照)に道案内をさせ、着の身着の儘で突然雫の勤め先の寮にやって来たことがあった。
母は正月準備の割烹着姿だった。
まるで時空を瞬間移動してきたかのようなその姿は、明らかに強引に父に連れ出された事を物語っていた。 


雫はその時既に、友人達と年末年始の予定が決まっていた。
しかし目の前の、傲慢な父の下僕のように駆り出され自動車でも十数時間掛かる道程を運転させられた叔父と、正月の御節の準備で目が回るほど忙しい母(煮物も途中で火を切って、台所も散乱した儘だとぼやいていた)を目にした以上、これを徒労に終わらせるのは相当な親不孝になる覚悟が要った。
当然友人との予定を全てキャンセルするしかなかった。
自分勝手で気まぐれな父の愛情を押し付けられ、雫は帰省せざるを得なかった。 


今まではっきりとはさせていないが、郷里から今雫が住んでい場所まで、ほぼ1000km離れている。
(北海道から沖縄までの凡そ4分の1くらいの距離になるだろうか?)
この遠路を何の準備もなしに走るなど、正気の沙汰とは思えない。
ギターの購入(
培養液21参照)と言い、この出来事と言い、父による、周りの迷惑や都合を省みないワンマン振りが理解頂けると思う。 

そんな出来事があってからは、必要以上に予定を攪乱されないように、雫は2年~3年に一度は帰省することにした。
帰ったからと言って、家に居る事は殆どなかった。
数年ぶりの帰省だから当然ではあるが、毎日毎夜、友人達と豪遊していた。
取分け外面のいい父しか知らない世間近所の人は、そんな雫を親不孝と見るのか、若い時は当たり前と見るのか。
だが、雫から見れば、父の愛情はいつ何時も自分の都合しか考えておらず、相手の都合は二の次なのだ。雫が今までこの偏見的な愛情に縛られ続けてきたことを誰が知るだろう。 


雫が愛情に疎く、愛情を鬱陶しいと感じてしまうのはそういう父の影響によるものかもしれない。
雫の潜在意識に、『愛情とは束縛であり、自由を奪うもの』と言う認識が摺り込まれているのかもしれない。
雫にとって愛情とは、自分が欲する欲しないに関係なく、理不尽に、いわば強制的に与えられ、しかも拒む事を許されない、従わなければならない縛りだったに違いない。
体裁や聞こえのいい、人を容易に幸せそうに見せる事のできる『足かせ』が、雫の知る愛情なのだ。 


ただ、そんな中に沈められながらも、多分雫は、幸運としか言いようの無い他力に支えられてきた。
とても大きな力を秘めた、幸運で幸福な他力に。
それは肉親に可能性を奪われ潰されていく雫を救う教師であったり、偏見的な言葉の刃に晒される雫を救う、独自の価値観に裏付けされた広い視野を持つ友であったりした。
彼らは、幾度も生きる気力を失いかけた雫を、未来への可能性の光が見える場所へと導いた、かけがえのない力だった。 


話を戻そう。アパートの住人という繋がりで知り合った彼らとバンドを始動させ、某ライブハウスの出演オーディションを受けた。
雫の不安を余所に、雫達のバンドは余裕でそこに受かってかった。
その後諸々の事情を抱えながらも、月一回ではあったが定期的にライブを重ねた。
始めはたった2曲携えてのライブだった。回を重ねる度に曲数を増やしていく内、熱心なファンも定着した。
彼らに支えられ、、最終的にはほぼ半年間で7曲を演奏するまでに至った。
そうこうする内、バンド結成から一年が経ち、音楽と共に目まぐるしく過ごした時間に終わりが訪れた。 


冷静に考えれば、その終わりは予測できる事だった。
何故なら彼らは其々が全く違う場所から集まっていて、たまたま大学で知り合ったというだけであり、バンド活動を続けるに都合のよい条件など何一つなかった。
更に就職活動に本腰を入れなければならない大学生活最後の一年に雫と出会ったのだ。
何よりも、一番のネックは雫を含め、4人ともが長男長女だと言うことであった。つまりは皮肉な事に、雫を含め4人ともが、この場所での期限を定められ、いつかは地元へ戻らなければならない立場にあったのだった。 


反逆を企てた雫は、実家に戻る事を拒否した身だが、彼らはそうではなかった。
皆いずれは一家の大黒柱となり、親や家族を支える事を義務付けられていた。
彼等自身もそのことに疑問を抱くことなく受け入れ(この部分が彼らにとって幸福を意味するポイントだと思う)、それを実行するのが自然の流れであった。
何か特別な力が働かない限り、終わりは最初から決まっていたことだった。 


そのことを踏まえて考えると、雫が彼らと出会ったことは奇跡に等しかった。
この奇跡の時間を過ごしている間の雫は、自分の考えや行動を発信する事に何の障害もなく実に自由であり、雫に関わる誰もが雫が主張することを待ってさえいた。
バンドのメンバーに至っては寧ろ、雫が遠慮したり躊躇したりすることを咎め戒め、雫が音楽に込める思いや考えを常に全力で受け止めることを望んだのだった。 


彼等や、彼らと共に歩いた1年は、その後の雫の人生の宝となり、家族以上の絆を作ったようにも思えた。
おそらくこの間、雫から機能不全家族という培養液で育った後遺症は消えていたであろう。
雫は充実した日々の中で父を思い出すことはなかった。
そんな日々を過ごしていた数年後、父が倒れた。 




(続く) 




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TLTLE:奇跡の出会い

 

 







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