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此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。

   
培養液(26)

『月の雫』と言う生き物の培養液(28-26) 
(『月の雫』以後、雫と省略)

父との別れ…最後の涙 

彼等や、彼らと共に歩いた1年は、その後の雫の人生の宝となり、家族以上の絆を作ったようにも思えた。
おそらくこの間、雫から機能不全家族という培養液で育った後遺症は消えていたであろう。
雫は充実した日々の中で父を思い出すことはなかった。
そんな日々を過ごしていた数年後、父が倒れた。 



それからは、父は何度となく入退院を繰り返した。
その間、一見完治したかと思われる自宅療養もあったが、それは手の施しようのない末期を過ごす為の医者の計らいにも似た一時帰宅であった。
やがて雫の元に、父が再び倒れて入院したとの連絡が届いた。
年の暮れだった。
「医者が、もうここ数日が山かも知れないって言ってた。正月を迎えられないかも知れない。」
それは母からの電話だった。 


幸い年末年始の休暇と重なっていた事もあり、雫は前後に余分に休みを増やしてすぐに帰郷した。
母が病院へ付き添っていた為に家の用事が放置されていたこともあり、暫しの付き添いの交代を兼ねて、雫は実家へは寄らず真っ先に父の入院先の病院へ向かった。 


数年ぶりに見た、病院のベッドに横たわる父は、病気になる前のがっしりとした体格とは比較にならないほど小さくなっていた。
元気だった頃の覇気はなく、その足は雫の手指でも回るほど痩せ細っていた。
既に病魔は手の施しようがないほど進行していて、もうじき消える命の火をただ見守るしかなかった。
残り僅かなカウントダウンをじっと聞いているしかなかった。 


実は、雫は遠く離れて暮らすようになったことで、父への嫌悪感が少し薄れ始めてきていた。
そして、雫は父に対してこれから対等にものを言ってやろうと、正面から向かい合う覚悟を自分なりに自分に言い聞かせ始めていた。
父が倒れ、その命が長くないと知ったのは、そんな頃だった。 


病院の窓際のベッドに横たわる父は、雫に背を向けたまま、何故か頑なに雫を見ようとはしなかった。
そこにいた母が「お父さん、ほら、雫がきたよ。」と声を掛けたが、明らかに聴こえて気付いているであろうに、父は寝た振りをしていた。
雫はというと、本当の親だと言うのに初対面の他人を見るようで、「ただいま」とも、身体を気遣う言葉すらもかけられなかった。
父と雫が一緒に存在する空間は空気がぴたりと止まっているようだった。 


検査に来た看護婦に遠慮するように雫は病室から廊下に出た。
それと入れ違いに、見舞いに来た(というより、付き添いの母の手伝いに来た)一番下の妹が病室に入っていった。
さっきまで止まっていた息の詰まるような病室の空気が、重病人の病室とは思えないほど軽やかに動き出した。
妹にあれこれ我侭を強請る父の声や妹の笑い声や、母が父の我侭を叱る声が聞こえて来た。 


雫が父の元を逃れてから、父も世の中の事を知り、年齢を重ねるにつれそれなりに父親らしく成長したのだろう。
病室から聞こえてくる母と妹と父の会話は、仲睦まじく暖かい親子の極々普通の会話だった。
あの父が優しい子供思いの父に変わっている状況を、雫は当然すぐに受け入れられる筈はなかったが、目の前の状況そのものが雫を拒絶しているかの様でもあった。
そこに雫が介入できる隙間はなかった。 


翌日も、その翌日も、雫と父の空間は凍ったように止まったままだった。
相変わらず父は窓際の壁に顔を向け、雫に背を向けたまま寝たふりをするか、言葉を発しても雫に対してではなく、わざわざその場にいる母に話しかけるだけだった。
父にとって雫は、決して弱いところを見せてはいけない、一緒に生活していたあの頃の子供としての存在のままだったのだろうか。
雫も父もお互いが、あの正常とは言えない家族生活の中の親子関係のままで時間が止まっているかのようだった。 


雫の滞在中、それは鎮痛剤(おそらくモルヒネ)の効き目が切れる時であったろう、父は何度となく病院のベッドで襲ってくる激痛に悶絶していた。
「なにくそ!このやろう!負けて堪るか!」と言葉を吐き、噛み潰すように身体を小さく縮め激痛に絶えていた。
看護婦に向かって、悪いもの全て切り取ってくれと皮肉を突きつけることもあった。雫の前では絶対に弱いところを見せない、おそらく身体に染み付いて最早取り除く事の出来ない、父の最後のプライドだった。 


意識はしっかりしているものの、父は既に身体の自由は体力的に儘ならず、自力ではトイレに行けない寝たきりに近い状態だった。
尿は定期的に病室内で導尿管を使い処理していた。
しかし雫が病室に居る時は、自力でトイレへ行こうとし、母や看護婦を困らせた。
だが所詮それはとっくに不可能で…。
その時は束の間雫は廊下に出るのだったが、部屋に戻ると父は声を押し殺して泣いていた。
惨めな姿を雫の前に晒さなければならない悔しさだったに違いなかった。 


雫が滞在する間、父の容態は落ち着いているように思われた。
雫の家族は殆どの時間を病院で費やし、その年の正月を過ごした。
長く取った休暇の日数も過ごし終え、仕事や諸々の都合上このまま居る訳にもいかず、雫は一旦実家を後にするといつもの生活環境に戻った。 


その数日後だった。
正月が越えられないかもしれないと言われた父が、まるで正月迎えほっとしたようにこの世を去った。
勿論、自分が歪んだ機能不全家族を作っていたことも、その機能不全家族の中で雫がもがいていた事も気付かず。
雫と父の親子関係が正常になることは永遠に叶わないままとなってしまったのだ。 




(続く) 



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TLTLE:父との別れ…最後の涙

 

 





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