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此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。

   
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培養液(5)

『月の雫』と言う生き物の培養液(28-5
(『月の雫』以後、雫と省略)
 

雫の価値 

そんな日々を送りながら、大家族と言う生活環境の中で雫は、いつの間にかいくつかの仕事を母から分担されて与えられていった。 


主な仕事は米研ぎだった。
米は毎朝毎夕2升炊いた。
この一日2回の米研ぎが雫の仕事になっていた。
最初は夜の1回だったものが、そのうち夜と朝の2回ともに増え、小3くらいの時には既に食器洗いも併せて、雫の仕事になった。
夕食の支度に関してはご飯だけでなく味噌汁を作っておくのも雫の役目だった。 


朝の米研ぎは、夜の食事の後片付けの後に研いでおくが、夕飯の分は学校から帰宅してからやらなければならなかった。
けれどたかだか小3の子供、嫌なことはどうしても後回しになる。
学校から帰宅して宿題をやったり自分のことをしていると、あっという間に時間が過ぎて、夕飯の支度をすっかり忘れていることもあった。 


少し話がもどる。雫は小児喘息を患っていた。(病気の記憶は5歳位からしかないが、アトピーもあった。)
雫は、ちょっとした運動や気象などの外的変化で発作を起こしていたので、当然田畑仕事の手伝いに引っ張り出される事はなかった。が、家にいたからといって、静養していたわけではない。
大体は家で炊事洗濯などを任されることが多かった。 


寧ろ田畑仕事と変わりなく体力の要る仕事ばかりだった。
大人数…洗濯だって、畑仕事の汚れ物も沢山あるので、標準の4人家族とかの一般家庭の2倍以上はある。
量は半端じゃなかった。
時に前日の干しっ放しを取り入れて畳む、それも雫の仕事だった。
この家では、例え小学生の雫であっても、与えられた仕事をこなすことが優先順位の筆頭であったために、必然的に遊びや勉強の時間が削られていった。 


話が逸れたが、そもそも今の時代に2升の米を研ぐということを想像できる人がいるだろうか?
宿屋か食堂か惣菜コーナーに従事している大人ですら、もしかしたら想像できないかもしれない。
その人達ですら、今の世の中に市販されているような、ササッと2~3回すすげば済む米しか扱ったことがないのではないかと思う。
雫が与えられた米研ぎという仕事はそんな楽なものではなかった。
自家精米6分搗きを扱い、研ぎ方も市販米と比較にならぬほど難しかった。
というより、炊き上がりの飯の味に大きく影響するため、父によって、研ぎ方にも細かな条件をつけられていたのだった。 


言い忘れたが、この頃、朝はガス炊飯器を使っていたが、夜は薪を燃やして鉄釜で炊いていた。
米農家の、それも雫の家だけの拘りであって、他所の家の食卓はとっくにガス&電気による文明の利器をフル活用していた。
そしてその面倒極まりない迷惑な拘りの仕事が、いつしか、雫の仕事になっていたのだった。
終いには薪で火を熾してご飯を炊き上げるまでが雫の仕事になっていたのである。 


米農家の大黒柱(一応父のこと)は兎に角米の味に煩かった。
「今日の飯は研ぎがあまい」とか、「もっと力を入れて研がないダメだ」とか「水加減がマズイ」とか、「ムラシが足りない」とか、毎回何かと文句をつけた。
一ヶ月に1回くらいしか美味しいと言っては貰えなかった。が、雫はその時の褒め言葉を嬉しいなどと感じたことは一度もなかった。
父は米の通(つう)が望む理想の味100パーセントを1日たりとも手を抜かず、小学生の雫に求めるのだった。 


丹精こめて一年と言う月日を掛けて口に運べる物となる『米』、小学生の雫でも、そのことへの苦労や感謝は勿論理解できた。
だからこそ父に対して雫は、「マシに食えればいいじゃないか!」と心の中で思っても、反発できない苦痛があった。
でもその苦痛は本人しか分からないことだった。
子供の雫が子供らしい生き方を奪われてまで負わされる家事仕事の責任に疑問を持つ者など、この家には存在しないのだった。 


雫がこんな事を完璧にできたからといって、今、何の役にも立たない。
今の世の中、完璧精米で、研ぎ過ぎると逆に味が落ちるとか、下手したら研いではいけない無洗米などもあるのだ。
おまけに本格かまど炊きもスイッチポンだ。
雫は自分の子供時代を振り返ると空しかった。
もの凄く無駄な事ばかりを叩き込まれた気がして、それに費やした過去の時間や犠牲にしたものが今何の役にも立たず、自分を守るものにさえならず、寧ろ生きることに不器用でさえあることが疎ましく、自分に価値を見出せないことが空しくて仕方なかった。 


雫の生活環境には今思えば、誰の口からもそれらの仕事を労ったり感謝したりする「ありがとう」の言葉が発せられることはなかった。
なぜならそれらの仕事は、例え女や子供でも、やれて当たり前という位置付けだったからである。
やれなければ無能さを非難され、罵られ、役立たずの烙印を押されるのだ。
何かをするから、又何かが出来たからと言って、感謝や労いの対象ではないのだ。 


雫が子供時代を生きたこの小さな世界での人間の価値は、完璧にやれて『100』になるのではなく、そこが『0』のスタート地点なのだ。
ここでは、完璧に出来た所から、人間の価値が発生するのだ。
雫の子供時代が将来何の役にも立たないことにつぎ込まれようが、雫がそれらを完璧にこなそうが、この小さな閉鎖世界では出来て当たり前と言う、そこからが『0』なのだった。 



(続く) 



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TLTLE:私とワタシの役割





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