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此処は、人の道の迷子になってしまった『月の雫』が蹲っている場所です。 『月の雫』の心の葛藤の物語と詩を、絵と写真を添えて綴っています。

   
静かな衝撃

静かな衝撃

 

 

父はもう既にこの世に居ない。
母は、不謹慎かも知れないが、父が亡くなってから水を得た魚のように伸び伸びと生活している。
ある意味、自由奔放に良妻賢母を努める弟のお嫁さんを、寛大な気持ちで受け入れ
(つまり極力、非干渉無関心ということなんだけれど)、母は母のテリトリーを確保している。

これはつい先日の母との電話でのやり取りだ。
弟夫婦の子供(母にとって孫)のことで、その才能や特技の話になった。
弟の小さな下の娘は、踊りがとても大好きで、これがまた幼児と思えないほど上手らしかった。

母は言った。
「おばあちゃん(父方の母)の姉が踊りの先生だったけど、そういう血を引いているのかね。」と。
この場合の踊りの先生とは、当然民謡や日本舞踊などのジャンルだ。
弟の娘が上手いのは、多分今時のダンスなのだろうけれど。
でも、高校卒業後、故郷から離れて暮らす私が初めて耳にした身内の情報だった。

「へ~、そうなんだ。私も小さい時、よく民謡に合わせて踊ってたみたいだけど、
私の場合もそういうことなのかな。(血筋を引いているのかな)」
私にとってこの小さい頃の一場面は、照れながらも自分を遠慮なく表現して、
小さな才能を認めて貰えていたであろう、数少ないお気に入りの思い出だった。


酒宴の大人の煽てに乗せられて酒の肴にされていたとは言え、
子供ながらに私自身もまんざら嫌ではなかったし、逆にその酒宴の流れを待っていたように思う。
そんな事を少し気持ちよく思い出した。

そこへ母がぼそりと抑揚なく呟いた。
「そうだったっけ

いっぺんに大事にしていた小さなものが壊れた音がした。
(やっぱりこの人の記憶には、子供時代の本当の私は少しも見えていないんだ)と、
したくもない再認識をさせられた気がした。

もう壊れるものなんかないと自分の事を受け容れたつもりだったけれど、やっぱり悲しかった。
でも、同時に思った。
私の過去には私に興味を持ってくれる母は存在していなかったけれど、
今はごく普通に、あの冷血だった母が孫を可愛がるおばあちゃんとして存在していて、
孫達にはごく普通に可愛がってくれる普通のおばあちゃんがいるという、幸福の図がある。
これで良しとしなければいけないと。

多分母にとって、あの頃は
あの頃に存在した病気がちで母を煩わせてばかりだった私も、
それがもとで家族皆に咎められたであろう母親そして嫁としての自分も、
思い出したくない過去なのかもしれないと思った。

「そう、結局何かを期待した私が馬鹿だった。」
私は母の言葉は勿論の事だったが、心に俄かに立った波を、
慣れたようにそれ以上動じることなくさらりと鎮めてしまう自分が空しかった。


受話器を置いて、暫く抜け殻のように身動きできなかった。
身体の中を風が通り抜けて行くような感覚の後には空虚感だけが残った。
                       

(雫の日記)

 

 

 


TITLE:束の間の静穏

 

 


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